オヤジ☆ブログ【シャブレ・ジブレ】 〈不定期更新 目標毎週1回!〉

絵:きよた 文:たなべ


画角と被写界深度

 人にはそれぞれの視野があり、各々の被写界深度があります。広くても狭くても、深くても浅くても、その人の見えているものがその人の全てなのです。視野の外にあるもの、意識のピントの合っていないものには、その存在すら意識することができません。

 

 

例えば親子編(表)

 

 例えば、16のあなたにカッコ良くて優しい彼氏ができたとします。その彼と一時も離れず一緒にいたくてたまらなかったとします。

 

 でも、あなたには、仕事ばかりで家のことにはまったく理解のないイラつく父親がいたとします。家に帰れば、その父親から偉そうに干渉されムカついていたとします。

 

 それでも、彼と一緒にいられさえすれば、その時間だけは永遠のように幸せだったとします。

 

 だから、ある日、家に帰って玄関に立っていた父親から頭ごなしに怒鳴られたとき、もうこんな家には帰りたくないと思い、彼の元に走ったとします。

 

 

 

例えば親子編(裏)

 

 例えば、あなたに16歳の娘がいるとします。最近その子の帰りが極端に遅くなるようになってきたとします。

 

 あなたが「こんな時間まで、どこで何をしていた?」と聞くと、「友達と一緒にいた」としか言いません。それ以上聞こうとすると、怒って自分の部屋に閉じこもってしまいます。

 

 それでも、日を増してその子の帰りは遅くなり、とうとう朝まで帰ってこない日があったとします。これは、親としてしっかり言わなければならないと考えたあなたは、帰ってきた娘にこれまで我慢していた感情をぶつけます。

 

 そして、娘は家を飛び出し、そのまま帰ってこなかったとします。

 

 

 

例えば師弟編(表)

 

 例えば、あなたは将来フォトグラファーになることを目指し、撮影スタジオに勤めていたとします。入社から2年が経ち、それなりに責任のあるポジションを任されるようになったとします。

 

 もちろん、仕事も一通りのことは難なくこなせるようになっていたとします。そこで次のステップを考え、スタジオを退社し、フォトグラファーのアシスタントに就いたとします。

 

 でも、そこでは毎日のように怒られ、仕事の出来ない自分はただただ情けなく、大変な日々を送っていたとします。近頃は、いっそのこと辞めてしまったらどれだけ楽だろうかという考えが頭をよぎるようになってきたとします。

 

 そしてある日、日々の忙しさで疲れは取れず、深夜まで続くレタッチで寝不足の中、いつまでも否定され続ける自分に限界がきたとします。

 

 

 

例えば師弟編(裏)

 

 例えば、あなたは仕事に追われる人気フォトグラファーだったとします。忙しいので、当然アシスタントを雇っていたとします。

 

 しかも、日々の仕事をこなすには、アシスタントにもそれなりのレベルを求めていたとします。だから、アシスタントにする人は、未経験者ではなく、スタジオ経験者に限っていたとします。

 

 そこで、撮影スタジオでの経験を持つという人を次のアシスタントに雇い入れたとします。でも、その人はスタジオに2年も居たという割に、ラフを見せてもそのイメージ通りのライトが作れないとします。

 

 本人は出来たつもりでいるようですが、いつも大きく手直しをしなければならないので、任せっきりにすることができません。さすがにテザーは一通りできるようですが、ちょっとトラブると、とんちんかんな対応しかできなかったとします。レタッチに関しては、そもそもビジュアルセンスが無いのか、何度もやり直させなければならなかったとします。

 

 それでも、来たばかりの頃に比べれば、少しはマシになってきたと思えるようになってきたある日、突然その人は来ず、連絡も取れなくなったとします。

 

 

 

親子の視野と被写界深度

 

 いくら父親が「お前のことを想うからこそ、言っているんだ。お前もそのうち、わかる時がくる。」と言ったって、人生のピントは目の前の彼氏にしかきていないのですから伝わるわけがありません。

 

 娘の被写界深度が深まり、父親にもピントが来るようになるまでには、もう少し人生の経験値が必要なのかもしれません。

 

 

 

師弟の視野と被写界深度

 

 師弟関係は、親子関係と立場が逆だということを理解しておかなければなりません。師匠が子供で、親がアシスタントと考えるべきなのです。

 

 子供(師匠)を理解すべく努めるべきは親(アシスタント)です。親(アシスタント)は常に子供(師匠)に寄り添い、見守らなくてはいけません。子供(師匠)の良い芽を伸ばし、自己肯定感をたくましいものにするためのサポートに徹するべきなのです。

 

 

 

総まとめ

 

 そうはいっても、親子関係も師弟関係も結論は一緒です。親は、子供から人生にかけがえのないものを与えられるのですから。

 

 スタジオマンの上っ面だけにピントを合わせ、画角の狭いレンズで覗いていたってダメ。カメラマンやそのクライアントが何を望み、どのような事情の中で何を求めているのか、親は日頃の忙しさにかまけず、それを理解し応えられるようにならなければなりません。

 

なんとなーくスタジオに居るだけなら、何年いたってダメなんです。

 

そこのスタジオマン、子供に寄り添える準備はOK?

 

 


フジのポラ

 

 この春に入社した新人スタッフの研修も、いよいよ追い込みの時期になってきました。でも、カリキュラムの一つ、映像・写真関連の用語が何人かのスタッフとどうも噛み合いません。聞けばみんなネタ元にキャノンの「写真用語集」サイトを利用しているとのこと。

 

https://ptl.imagegateway.net/contents/original/glossary/index.html

 

確認のため、そのサイトを覗いてみたらびっくり。

 

 

 ちょっと専門的な話ですが、レンズに入ってくる光のうち、写真を白っぽくモヤっとさせてしまうものには、「ハレーション」と「フレア」の2種類があると。僕は、今の今まで知りませんでした。

 

 しかも、「ハレーション」とはフィルムの構造上起きてしまう現象のことなので、デジカメでは起きえないとのこと。デジカメでも起きる白っぽいモヤっは、レンズの鏡胴内などでの余計な反射光による光カブリで、それは「フレア」というとのこと。

 

 業界歴30数年。初めて知った驚愕の事実。これって業界の常識だったのでしょうか?

 

 でも、ちょっと待って。

 

 それが正しいなら、撮影現場で言うところの「ハレ切り」って、切っているのは「ハレーション」ではなく、「フレア」ってことです。だったら、なぜ「フレ切り」と呼ばず「ハレ切り」と呼ばれているのか。

 

 でも、キャノンのような大企業のサイトがそんなに簡単に間違ったことを書くとは思えないし、やっぱり僕が間違っているのか?

 

 そう考えていて思い出したのが、フジのポラです。

 

 

 昔、フィルム全盛の頃、写っている画像を現場ですぐに確認する術の無かった時代。アメリカのポラロイド社から出たインスタントフィルムは、とても画期的な商品でした。「ポラ」という呼称がインスタントフィルムの代名詞として日本の写真業界に定着するのはごく自然な流れだったと思います。

 

 しかし、その後、後発のフジフィルムもインスタントフィルムを発売。フジフィルムのほうが発色良く格段にキレイで鮮明だったため、それまで独占市場だったポラロイドの「ポラ」を席巻。この業界では、その後も皆さんフジのインスタントフィルムを「ポラ」と呼んで使っていました。

 

 きっと、「ハレ切り」も同じ構図だったのではないかと考えます。

 

 映像も写真もフィルムしか無かった時代。今で言うところの「ハレーション」も「フレア」も、画面を白っぽくモヤっとさせてしまうものとして一言「ハレーション」と呼んでいた。撮影現場ではそれを画面効果として使用しない限り、鮮明さを失わせる邪魔な光なので、それを切る方法が発達。それが「ハレ切り」と呼ばれた。

 

 でも、時代が変わりデジカメが出てくる。カメラメーカーは、消費者に対し、それまで誰もが持っていたフィルムカメラをデジタルカメラに買い替えさせるため、積極的にデジカメの優位性を宣伝する。デジカメはこれまでのフィルムカメラと違い、「ハレーション」がありません。モヤっとしちゃうのは「フレア」です、と。で、ハレ切りはフレアを切っていたってことが明らかになった。

 

 

まーいずれにせよ、これからは正しい名前を使うべきだなんて言うつもりはありません。僕のいるスタジオでは、これからもこの「フレア切り」のことを「ハレ切り」と呼んでいくつもりです。もちろん、新人スタッフにはこの辺の事情を説明した上でですけど。

 

でも、どうせ間違っているんだし、英語がネイティブな人が入社してきたら「ハラ切り」って教えたら面白いかな~なんて良からぬ考えが頭に浮かんでいるのはここだけの秘密です。

 

 

 


センチメンタルジャーニー

 

 17の夏、バックパックで北海道の礼文島にある小さな集落に行った。一人でテントに泊まるつもりだったけど、ラーメン屋のお婆ちゃんに「危ないからうちに泊まりなさい」と言われ、そのまま2週間お婆ちゃんの家にお世話になった。

 

 三食、部屋付き、風呂付き、昼寝付き。毎朝、漁に出ていた集落の船から昆布を降ろし、天日干しをするために浜に並べる1時間ほどの作業を手伝うだけで、あとは何をしていても良かった。

 

 夜は、その集落にバイトで来ていた大学生や放浪人のお兄さんらとの酒宴。みんな何かに迷い、何かを探している。イーグルスのホテルカリフォルニアが繰り返しかかっていた満天の星空は、毎夜グルグル回っていた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=yYkL5igsG4k

 

 白昼夢のような2週間はあっという間に過ぎ、礼文最後の夜、僕が「明日、帰ります。」と伝えると、みんなが「よし、港まで見送りに行くぞ。」と言う。翌日、礼文島香深の小さなフェリー乗り場は、そういった島から帰る者たちを見送る人たちで埋め尽くされていた。

 

 何本もの紙テープが船と岸壁をつなぎ、手作りの旗や横断幕が揺れる。見送る人たちはみんな「いってらっしゃーい!」と叫び、船に乗る人たちは涙を流しながら「行ってきまーす」と返している。僕は、そんな感傷的で現実逃避的なやり取りの輪には入らず、一歩引いたところで見ていた。見送ってくれた人たちには、その姿が見えなくなるまで手を振り続けていたけれど。

 

 

 

 あれから、36年。見た目ほど中身の変わっていない僕は、相も変わらず何かに迷い、何かを探している。あの頃と違うのは、迷うことや見つからないことに慣れっこになったことぐらい。

 

 この夏、フッと思い立ち、家族を連れて礼文島に行くことにした。グーグルマップで見たら、お婆ちゃんのラーメン屋はすでにないけれど、ホテルカリフォルニアの木彫り民芸品屋はあの時のままにある。

 

 まだ、あの店の奥では、あの頃の僕らのような人たちが集い、酒を飲み交わしているのだろうか。もう、店の主人は代替わりし、あの頃を知る人は誰もいないかもしれない。それでも僕は、今回の旅行で店に立ち寄ることが楽しみで仕方がない。

 

  店に足を踏み入れるとき、僕は見知らぬ主人に言うだろう。「ただいま、戻りました」と。

 

 来月僕は、礼文に帰る。

 

 

 


謙虚で逃げるな

 巷には「日本人の素晴らしさ」を称賛する番組やネット記事、書籍があふれています。なぜここまで日本人を称賛しなければならないのか? 考えれば、多くの日本人が日本人であることに誇りや自信を持てていない姿が目に浮かんできます。

 

 

 その原因は何なのか?

 

 僕はその一つに、日本人の美徳として挙げられがちな「謙虚」があると考えます。

 

 『広辞苑』によると、「謙虚」とは「自分の存在を低いものと客観的に見、相手の考えなどの中に取るべきものが有ればすなおに受け入れる態度を失わない様子。」とあります。この姿勢、自分がどんな地位になっても失いたくはない大切なものだと思います。

 

 でも、マネージャーの立場から言わせて頂けるなら、現実問題として「謙虚なだけの人」は使えません。

 

 落とし穴はここにあると思うのです。

 

 「常に自分を低い存在とし、考えることは相手にゆだねっきりの姿勢」も、はた目からは謙虚と映ります。でも、広辞苑の謙虚は「常に学び受け入れる姿勢」のための謙虚です。「へりくだることで自分の考えを通すことを拒み、責任から逃れる」ことを目的とする謙虚ではありません。

 

 

 これって、日本の高度成長期の大量生産時代に国や企業が奨励した人間性です。当時の終身雇用や年功型の賃金制度など、リターンが制度として約束されていた時代だったから通用したスタイルです。

 

 でも、ご存知の通り、今ではほとんど意味のない人間性に他なりません。にもかかわらず、未だに履き違えた謙虚を受け入れてしまっている人は大勢います。

 

 多くの人にとって偽りの「謙虚」は楽なのかもしれません。自分で考えることを放棄し他人の手足に徹していれば、責任を問われることもないわけですから。

 

 ただし、それでは自分を生きていることにはなりません。そんな他人の人生を生きていて何が面白いのか?という問いに一生「妥協」という答えを出し続け、自分に言い聞かせていかなければならないのです。

 

 

 結局のところ、多くの日本人が生きていくために仕方なく、本来の自分から逃げている。だから、謙虚にならざるを得ず、自分自身に自信を持つことが出来ないのだと思います。

 

 将来フリーでやっていくつもりなら、従順なだけの謙虚ではなく、謙虚を数ある武器の一つとして使いこなせるようにならなくてはなりません。うちのスタッフは謙虚なポジションにたやすく逃げず、自分の人生をつかみ取れ!

 

 

 


「スタジオに入社してみて」この春の新人スタッフ8名に聞きました。

 

入社する前にイメージしていたことと違ったことは?

 

◎ OFFの時のスタッフ同士の仲の良さ。厳しい上下関係をイメージしていた。

 

◎ 教育が想像以上に充実していた。思っていたよりノリとか下ネタが体育会系。

 

◎ 体力が必要であるという点。

 

 

 

スタジオに入社して一番驚いたことは?

 

◎ 大変なことでも顔色一つ変えずに対応する先輩。

 

◎ 教育項目と進め方がしっかりルールとして作られている所。

 

◎ みんなの仕事に対する意識の高さ。

 

 

 

入社前、外苑スタジオは「厳しいスタジオ」ってウワサは聞いていた? 

 

YES:4名(50%) NO:4名(50%)

 

 

 

上記でYESと答えた人へ。実際、どう?

 

◎ 大変ではあるが「厳しい」とは感じない。

 

◎ 実際そうでもない。細かいところまで教えてくれるだけ。

 

◎ 理不尽な厳しさを感じたことがないため、嫌だとは思わない。

 

 

 

 

今まで、辞めたいと思ったことは何回?そのきっかけは?

 

◎ 0回。

 

◎ 無いです。

 

◎ なし。

 

 

 

正直、仕事がきついと思う時はどんな時?

 

◎ 研修を明けるためのテストが上手くいかず、どんどん期限が迫ってくる時。

 

◎ 早朝から深夜まで仕事が続くとき。

 

◎ 自分に任された仕事がこなせない時。

 

 

 

入社して良かったと思うことは?

 

◎ 自分が見たい、やりたいことにあふれているので常にそう思っている。

 

◎ 責任という言葉に敏感になれた。

 

◎ このスタジオならではの熱さを感じられること。

 

 

 

今までで一番楽しかったことは?

 

◎ 新人歓迎BBQ

 

◎ スタジオ中はずっと楽しい。

 

◎ 以前から好きだったフォトグラファーSさんのスタジオに入れたこと。

 

 

 

 

休みの日は主に何をしている?

 

◎ 勉強・ひたすら寝る・新居の整理、そのどれか。

 

◎ 東京歩き。

 

◎ いつもよりゆっくり起き、家の整理、洗濯、読書、映画、夕方からの飲み。

 

 

 

入社前と比べ、自分の中で変わったことは?

 

◎ 責任感、他人への配慮を以前より意識するようになった。

 

◎ 自分が撮った写真への評価が厳しくなった。

 

◎ 今やっていることだけでなく、次に何をするべきか先読みができるようになった。

 

 

 

今振り返って、このスタジオに入社する前の自分に何かアドバイスするとすれば何?

 

◎ もっと早く入っていれば良かった。

 

◎ 折れるな。引きずるな。立ち直れ。

 

◎ 夜遅くまで起きている習慣を無くしておきましょう。

 

 

 


このスタジオが厳しいと言われるゆえん

 

 「…先輩の○○さんのスタジオ卒業が決まった。これからは自分たち世代がしっかりしなければならない。先輩に代わり、このスタジオを引っ張っていくため、これまで以上に頑張っていこうと思う。いや、頑張る!」

 

 スタッフが日報の感想欄に書いていました。

 

 この日報の書き手、日頃からマジメに頑張っているスタッフです。たぶん、よっぽど書くことに困って何かそれらしいことを書いたのでしょう。だって、本気でこんなことを考えていたとしたら、ただの残念なヤツですから。

 

 

 って、なぜ、残念なのか?

 

 これを残念だと考えることが、僕のいるこのスタジオが厳しいと言われる理由です。

 

 ただし、普通の方にはすごくわかりにくい話なので、それがウワサになるときには誰にでもわかりやすい形になって広まるようです。以前、某写真学校の生徒さんから聞いた外苑スタジオの“厳しい”ウワサはこうでした。

  • 失敗すると暗室に閉じ込められる
  • 新入社員は裏山の頂上に並んで発声練習をさせられる
  • 新人はペンキ塗りたての白ホリ(床)でヘッドスライディングさせられる
  • とにかく上司や先輩は絶対で、軍隊みたいなところ

 

 などなど。

 

 

 では、冒頭のコメントが残念な理由はなにか?

 

 もし、このコメントをスタッフが本気で考えているのなら、僕はそのスタッフに質問するはずです。

 

 「先輩が卒業するから自分たちがしっかりやるって、じゃー今まではどうしていたの?」

 

 「自分が本気を出すタイミングを先輩が辞めるタイミングにリンクさせる必要ってあるの?」

 

 「そもそもなぜ、ただ単に自分より入社が早かっただけの人間に、自分の大事な人生を合わせる必要があるの?」

 

 「フォトグラファーとしてキャリアを積まれている方ならまだしも、まだフォトグラファーになれるかどうかもわからない人を先輩ってだけで無条件にリスペクトする理由はなに?」

 

 

 料理人だろうと、美容師さんだろうと、どんな業界でもプロフェッショナルとして生きていけるかどうかは自分次第です。いくら感傷的になっても、他力本願な人がやっていけるほど甘い世界ではないのです。

 

 「そう言われてもどうすればいいのかわからない」と言って落ち込んだところで、自分が変わらなければ何も変わりません。その結果、どの業界でもひっそり消えていく人は未だに後を絶ちません。

 

 

 僕のいるスタジオを経てフォトグラファーとして活躍されている方は大勢います。でも、中には誰にも負けないほど写真と向き合い格闘した結果、自分自身が本当に心からやりたかったことに出会い、本気の矛先を変更した人たちがいます。

 

 使い込むほどいい風合いになる僕愛用の財布は、今は革職人として活躍されている元スタッフのSさんに作って頂いたものです。マンション暮らしの僕はいつか庭付きの家に住むのが夢ですが、自分の庭を持ったあかつきには絶対に庭師として活躍されている元スタッフTちゃんにデザインと管理をお願いするつもりです。

 

 初心貫徹が全てではありません。個人にとって大切なことは、「自分次第」を見い出し、それを勝ち取ることだと思うのです。

 

 だから、僕のいるスタジオでは、スタッフに対して、その「自分次第」って部分を強調して求めています。それが、このスタジオの厳しいと言われるゆえんです。

 

 

 スタッフを暗室に閉じ込めて「他力本願」が改まるなら、誰も苦労しませんて。