オヤジ☆ブログ【シャブレ・ジブレ】 〈不定期更新 目標毎週2回!〉

絵:きよた 文:たなべ


残り者に幸あれ!

 「今、どこも人いないよね~」

 

 ここ2,3年、業界内の方と話をする時の挨拶言葉です。

同業他社のスタジオさんも、カメラマンのアシスタントさんも、どこも人手不足だそうです。

 

 聞けば、撮影業界だけでなく、アシスタント的職業の多くが今、その成り手がいなくて大変と聞きます。

 

 アシスタントを求める人たちからは「もうさ~、我慢して仕事覚えるって時代じゃないんだよなー」と嘆き諦め口調の声が聞こえてきます。

 

 確かに、小中学生の将来なりたい職業に「映像制作者」はありませんが「ユーチューバー」がランキングされる時代です。職業も手っ取り早く稼げそうな仕事に人気が出るのは当然と言えば当然です。

 

 でも、四半世紀マネージャーをやってきた僕にはこの状況、既視感があります。

 

 今、世の中は景気が良いので、企業は積極的に人を求めています。すでに有効求人倍率という指標は90年頃のバブル期を超えたそうです。

 

 

 僕の既視感はそのバブルではなくてリーマンショック前夜。2006~7年頃のことです。あの頃、世の中はバブル崩壊から立ち直りつつある雰囲気の中で、それまでの凍てついていた就職氷河期の氷も解け始めていました。

 

 そして、世の中で求人倍率に回復の兆しが出ていると言われ出した頃、この業界では人手不足が囁かれるようになりました。

 

それは、なぜか?

 

 氷河期の時は「一般企業に就職するのは厳しそうだし、そのためにあくせくするくらいなら、そんなレースからは自ら降りて、好きなことを仕事にしたほうがマシ」と考え、この業界に飛び込んできた人たちが大勢いたのではないかと推察します。

 

 そんな人たちも求人倍率が上がってくると、「自分のことを求めてくれるなら、一般企業に勤めるのも悪くないかな~。」と考えるようになった。

 

 そんなC調・根無し草的な方々が、この業界に飛び込んできて、残っていけるのか? 自分の道を確立し、この世界でしっかりと自分の居場所を確保できるようになるのか?

 

 もちろん可能性は“0”ではありません。何かのきっかけや、人との出会いがその人の追い風となるかもしれません。でも、元々風当たりが強まれば、違う方へ流れていってしまいがちな人たちです。よほどの運を味方に付けないと厳しいと言わざるを得ません。

 

 

 結局のところ、世の中が売り手市場の時に、それでもこの業界に飛び込んでくる人こそが本物です。世の中の求人倍率が低迷している時期に、多くの人がこの業界に入ってきても、最後まで残る人たちと同じ本物なのです。

 

 

 この業界は、この人たちこそ大切にしなければなりません。と、同時に考えるべきは、C調・根無し草的な人たちに頼らないと業務が滞ってしまう仕組みそれ自体です。

 

 僕のいるスタジオでは、来週から入社ラッシュが始まります。みんなそれぞれの成長とブレークスルー、自分と仕事の確立を応援します。がんばれ!

 

 

 


No shooting no life

 「田辺くん、これからはカメラマンはもうダメよ。昔は良かったけどね。でも、今の人たち大変そうだもん。田辺くんはカメラマンじゃない仕事探した方がいいわよ、本当に。」

 

 時はバブル絶頂期、六本木にあった撮影スタジオの喫茶室のお姉さんが、当時スタジオマンだった僕にくれたアドバイスでした。

 

 僕は別に、そのアドバイスを真に受けて、今マネージャーをやっているわけではありません。もしかしたら、僕にカメラマンの才能が無いことを見抜いたお姉さんの優しさだったのかもしれませんが(笑)。

 

 それから30年。業界は、バブル崩壊・フィルムからデジタルへの移行・暗室作業から画像処理・震災・リーマンショック等、様々な荒波に揺さぶられてきました。

 

 で、当時、お姉さんが僕にくれたアドバイスが正しかったのかどうか。

 

 僕の答えは、ある意味◯で、ある意味×。

 

 たぶん、あの頃お姉さんがイメージしていたカメラマンって、カメラはハッセル、車はベンツ、夜は派手に遊びまくって、昼は「先生」と崇め奉られているような人のことだったのだと思います。確かに、今どこを見回しても、そんな人はいません。

 

 時代は変わっています。昔の成功体験にしがみついていれば、先細り感に苛まれるのは当然かもしれません。 

 

 あるフォトグラファーは、数年前から活動の拠点を経済発展著しいアジアに移しました。若く新しい国々では、これまでの実績を問われることもなく、日本なら当たり前のように聞かれる「師匠は誰か?」という意味不明な質問もないとのこと。コミュニケーションができてジン(作品集)さえあれば、日本ではありえないほどのスピードで撮影依頼が舞い込んでくるそうです。

 

 あるスタジオOBは、早い段階から故郷の地方都市でフォトグラファーとしてやっていくことを心に決め、地方ならではの営業を試行錯誤していました。今、彼は、東京での成功を武器に帰郷してくるフォトグラファーの営業スタイルでは、自分のようには成功できないということを強く感じていると言います。

 

 ここ数年、フォトグラファーの視点やこだわりを持つ人が、映像の世界に踏み込むことさえできるなら、それはチャンス以外の何物でもありません。

 

 『生き残るのは、最も強い者ではなく、最も賢い者でもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。』

 

 結局のところ、ダーウィンが残した言葉通り。

 

 僕はたまたま偶然、様々な分野で活躍しているフォトグラファーと知り合える立場にいます。今後は、僕が見聞きする新しいカメラマンの形をこのブログでご紹介していこうと思います。

 

 今年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

 


三連休前の緊急提言

 

 特定の相手のいない男子、必読。

 

 毎年、この時期になると言ってるんですけど、今年も言います。

 

 12月23・24、クリスマスイブとイブイブの夜、街には親子連れかカップルか女子グループしかいません。この日、相手がいない男子は家に閉じこもり、大人しくジーっとしている人がほとんどだからです。

 

 女子2人組や3人組は普通にいるのに、男子の姿はまず見ません。いるのは家に帰っても家族に相手にされないだろう僕のようなオッサンだけ。もっとも、おっさんじゃー外でも相手にされません。

 

 だからこそ、チャンス! 男子は外に出て自分たちと同じ人数の女子に声を掛ければ、普段の数倍の確率で仲良くなれること請け合います。男子にライバルはいませんから、女子の選択肢は終電までに帰るか帰らないかしかないのです。だったら朝まで楽しむべく頑張れ!って話です。

 

 良いクリスマスを。

 

 

 


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校長先生の話はなぜ長いのか

 

 このお題目、以前のチコちゃんでもやっていたのですが、見ていますか?『チコちゃんに叱られる』

この時の答えは「ネタ本があるから」。さらにそのネタ本に校長先生がそれぞれ自分なりのエピソードを加えるから、もーっと長くなるとのこと。

 

 でも、この問題の核心部分は、「校長先生の話はなぜつまらなくて記憶に残らないのか?」ということ。だから、長く感じるわけですから。ま、公共の電波、増してやNHKが言えることではありませんが。

 

 

 ところで、先日スタッフのAさんがこんなことを話してくれました。それは知り合いのカメラマンさんたちの忘年会に参加したときのこと。様々な話が飛び交う中で、「スタジオマンはスタジオで色々な撮影を見ているだけで自分も出来る気分になりがち。でもそれは勘違いで、結局は自分でやってみないとダメなんだよ。」という話を耳にしたとのこと。

 

 それを聞いた彼女は、「すごく図星だ」と思ったそうで、自分ももっと実際にやってみることを徹底しなくちゃいけないと痛感したそうです。

 

 その話を聞いた僕は心の中で叫びました。「だから、いつも言ってるじゃん!」でも、大人の僕はその気持ちをグッと抑えて、素直に彼女に聞いてみることにしました。

 

 「僕も日頃から、そういったことを言っているつもりだけど、なんで僕の言葉はみんなに届かなくて、その時のカメラマンさんの言葉はAさんに刺さったんだろう?」

 

 すると、てっきりどう答えて良いのか考え込むと思っていた彼女はあっさり即答しました。

 

  「それは、田辺さんの話は説明的というか実感が湧かないんですけど、そのカメラマンさんの実体験からの話は私にもすごく分かり易かったからです。」

 

 

 

 校長先生の話が退屈で記憶に残らないのは、いくら子供たちのためを想っていても、大人目線の話を大人の言葉で言っちゃうから、子供の心には引っかからないということのようです。僕は知らぬ間に、校長先生になっていました。そんなに立派な人物ではありませんが。

 

 それにしても、立派でもないのに、話せば校長先生のようって、まさしくただのおっさんじゃないですか。

 

 ボーっと生きてんじゃねーよ! 俺!!

 

 

 


近況報告

 月曜の朝、スタジオに出勤してきてふっと思ったんです。

 

昨日は日曜でも仕事だったし、土曜日も片付けておきたい作業があってスタジオに来ていたし、このままだと今週末まで2週間働き詰めになっちゃうなー、と。

 

あ~、床屋行きたかったんだよな~、と。

 

 

あれ?待てよ。近所の1000円カットの床屋さんなら時間かからないし、サッとスタジオ抜け出して行ってきてもバレねんじゃね?

 

どうせ、僕のことなんか、みんな見ていないだろうし、頭さっぱりしてきても気付かれないんじゃね?と。

 

それで、スタジオパート1からパート2へ行くついでに、途中1000円カットの店に寄って1カ月ぶりに頭をさっぱりしてもらったのです。

 

で、素知らぬ顔してスタジオに戻ってきました。

 

そしたら案の定、見事に誰も気付かない!

 

その日朝一番で十数人のスタッフと顔を合わせたのに誰一人気付きません。

 

僕は一人面白くて笑っていたのですが、「田辺は何を笑っているんだろう?」って不思議そうな顔してみんな僕のことを見ています。それがまた面白い。

 

で、この面白かった一部始終をその日家に帰って奥さんに話したのです。

 

そしたら奥さん、

 

「え?髪切ったの?いつ?今日?そーなんだ。」

 

 

公私ともにボッチな今日この頃の僕なのです。


僕の耳に念仏

 カメラマンに限らず、プロフェッショナルな仕事を極めようとする人すべてに言えることだと思います。人は、それを実現するまでの過程の中で、「開眼」を経験するものです。今風に言えばブレイクスルー体験。

 

 

 開眼前の人は見えているつもりで実は何も見えていないし、気付かないから、自分は順調、何の問題もないと思い込んでいます。仮に人からアドバイスをもらっても、自分にピンとこなければ大して重要なこととも思えません。しかも今の自分は何となくうまくいっている気がするし、このまま何とかうまくいけるだろうという漠然とした自信に支えられています。

 

 それが開眼すると、ヤバいことが見えてしまうし、気になるから自ら探します。その問題を乗り越えないことには先に進めないから、その対策に奔走しなくてはいけません。開眼前の自分が呆れるほどのんきだったってことにショックを受けます。他人はそんな姿を見て「頑張っている」とか「努力している」と言ってくれますが、正直自分的にはやらないで放置しているほうが嫌だからやっているだけに過ぎません。

 

 

 ここ2年程、僕は知り合いのカメラマンさんに誘われて海釣りに行くようになりました。元々、釣りに興味はありませんでしたが、知り合いとの時間は楽しいし、近所の魚屋さんでは手に入らない鮮度の高い魚が美味しいし、船の上でボーっと海を眺めているのは気持ちいいし、誘われれば喜んでついていきました。冗談半分にその知り合いを師匠と崇めながら。

 

 その師匠といえば、申し訳ないほど僕に色々手ほどきしてくれます。いつまでも自前の釣り道具を買い揃えない僕に、いつも何でも快く貸してくれます。また、釣り方のコツ、道具の重要性やおススメの物など、事あるごとに様々なことを教えてくれます。でも、僕は正直そこまで釣りにこだわる気もありませんし、自分にとってそれほど重要ではないと思っていたので、師匠の話はいつも聞き流していました。

 

 そして、先週。その日は、これまで何度もやったアジ釣り。いつもの仕掛けと船長の指示に従えば、いつも何十匹と釣れる簡単お手軽な釣りです。でも、その日に限り、僕は4匹しか釣れません。師匠はもちろんのこと同じ船に乗り合わせた方は皆さん何十匹と釣っていたのに、僕だけ4匹。おかしい。もっと釣れるはずなのに釣れない。何かが違う。そして、悔しい。

 

 帰りの車の中で何がいけなかったのか、僕は色々考えていました。レンタルした釣竿は所詮レンタルだから、そのせいだったのか? それにしても釣れなさ過ぎだから他にも原因があるに違いない。 エサの付いた仕掛けを海の中に投げ入れてからの動作が良くなかったのか? せっかちに動かさずもう少しじっくり待っていれば良かったのか? 色々な考えが浮かび、いくつかの原因と対策が見えてきました。

 

 で、気付いたのです。自分で思いついたつもりのそれらの解決策、すべて師匠が以前から僕に言ってくれていたことだったと。動作も、道具も、コツもこだわりも、自分自身で考えたつもりでしたが、全部以前僕が聞き流していた師匠の教えだったのです。

 

 師匠から釣りに誘われるようになって2年、僕はやっと釣りの奥深さと面白さに開眼したのです。

 

 

 「なんだ、釣りの話かよ」と言うなかれ。

 

 開眼前、師匠の言葉は僕にとって馬の耳に念仏でした。 その駄馬が釣れなかった悔しさを知り、自ら答え探すようになってはじめて、師匠の唱えるおまじないが実は有難い教えだったと理解できるようになったのです。

 

 写真だって、自分が何となくウマく撮れていると思い込んでいるうちは、まだまだ。プロフェッショナルへの道は、挫折の滝つぼの深さを知ってからが本当の意味でのスタートなのです。