シャブレ・ジブレ 〈不定期更新 目標毎週2回!〉

絵:きよた 文:たなべ


心意気をまとう

 

 先日、字のごとく世界を股に駆け回っているスタジオのOBフォトグラファーから、ロケアシスタントの依頼がきました。日本での撮影のため、来日したのだそうです。

 

 彼は外苑スタジオの人なら誰でもいいとのことだったのですが、僕はそこで一計を案じてみました。

 

 スタッフに彼の名前を出せば、誰もが飛びついてくるに決まっています。そこで、僕はあえてフォトグラファー名を出さずに、「○月○日のロケに行きたい人は名乗り出て。」とみんなに伝えたのです。

 

 すると、まったく興味を示さないスタッフが約半数。残り半数のスタッフが食いついてきました。

 

 と、いっても、みんな「誰の撮影ですか?」とか、「何の撮影ですか?」、「時間は長いですか?その日は用事があって、、、」と聞いてくるだけです。条件次第でやるかどうかを決めたいようです。

 

 そんな中で、Sくん一人だけが何も聞かずに「はい。オレやります。」と手を挙げてきました。そこで、僕はこのロケをSくんに任せることにしました。

 

 

 

 僕はマネージャーです。スタッフを活かすことで、大切なお客様の期待に応えるのが僕の仕事です。だから、当然このロケにも、経験値が高く優秀なスタッフを出すことで、フォトグラファーに「やっぱり外苑スタジオはいいな」と印象付けたいと考えます。

 

 でも、現実には限られた人数とその戦力の中で、その日のスタジオやロケを回さなければなりません。その中では様々な兼ね合いがあり、あっちを立てればこっちが立たずな状態の中、最善の策をとらなければならないのです。

 

 だから、仕事も人柄も申し分ないスタッフを充てることが無理なら、せめて「心意気だけでも良い人」を出そうと思います。仮に、このスタジオに「仕事の知識は豊富だけど、精神的には幼稚な人」がいたとしても、そういう人は出しません。

 

 だって、カメラ機材知識やテクニックに詳しい人は重宝がられます。でも、その人と一緒に仕事をしたいと思われるかどうかは、まったく別の問題だからです。

 

 

 

 

 あなたが誰かに仕事を頼んだとします。屈託なく持ちうる全てを惜しげもなく使って一生懸命やってくれる人と、常に自分の損得を天秤にかけ値踏みしながらやる人ではどちらに好感を持ちますか?

 

 スタジオマネージャーの僕も、フォトグラファーに仕事をふる立場の人も、みんな一緒だと思います。要は心意気なのです。

 

 

 

 

 OBフォトグラファーのロケでのSくんの働きは、申し分のないものだったようです。「次のロケもSくんでお願いしたい。」と言ってきてくれたくらいですから。

 

 

 

 心意気。

 

 

 最近、あまり聞かなくなった言葉のような気がします。

 

 人がまとう空気は様々ありますが、今、僕が最も復権してほしいと願う空気感です。

 

 

 

 


心霊写真

 あれはまだ、フィルムの頃の話です。

 

 秋、深まる季節、友人数人で東京の奥多摩にある秋川渓谷に行きました。何の計画もない行き当たりばったりなドライブの旅です。

 

 途中で弁当を買い、渓谷の適当な場所で食べようということになり、コンビニに寄った後、橋の下のひらけた河原を見つけて、車から降りました。そして、みんなが食べ終わるころ、誰かが焚火をしようと言い出しマキ探しが始まりました。

 

 僕はといえば火起こしを買って出たものの、新聞紙などの着火材料がなかったため、周辺で何か使えそうなものを探しました。と、いっても、労することなく、錆びた空き缶に都合よく枯れ草が大量に挿さっていたので、その枯れ草を焚き付けにして火を起こしました。

 

 河原で集めたマキたちは水分を多く含むせいか、焚火からは白い煙が立ち上ります。その横でみんなで並んで写真を撮り、帰路につきました。

 

 

 

 翌日、その時に撮ったフィルムのプリント現像が上がり、みんなで写真を見ていると、誰かが不思議なことに気付きました。それは、焚火の横でみんなが並んで写った写真でした。

 

 見てみると、焚火から立ち昇る白い煙の中が、幼稚園児くらいの小さな女の子の形に、くっきりと向こう側が抜けているのです。まるで、僕らと一緒に並んで写っているかのように。

 

 確かに、女の子の形は鳥肌が立つほどリアルではありました。でも、その時のメンバーで唯一写真関係の仕事をしている僕としては、偶然その瞬間の煙がそう見えているだけだと思いました。

 

 ただ、みんなはあの場所で何かあったに違いないと騒ぎ出す始末です。そこで、一番冷静な僕が、昨日の河原の場所を地図で調べ、その村の駐在所に電話をしてみることにしました。

 

 「あの~、お忙しいところすみません。ちょっとお聞きしたいのですが。」

 「はい、どうぞー。」

 駐在所のお巡りさんはとても親切な方でした。

 

 「実は、昨日○○橋の近くの河原に行ったのですが、あそこで人が亡くなるような事故などはありませんでしたか?」

 「あー、私は去年赴任してきたので直接は知らないのですが、4年前に5歳くらいの女の子が川で溺れて亡くなられたと聞いてますよ。今も毎年春になると、ご両親がお花を手向けに来られているようです。」

 

 こちらから駐在さんに写真のことは何も言っていませんでした。もちろん、幼稚園児くらいの女の子の煙のことも。

 

 

 

  あの時、僕が火を起こすのに使った空き缶の枯れ草は、たぶん、その春にご両親が女の子のために置いたものだったのです。

 

 

 

  一般の方よりは写真に詳しいつもりの僕に言わせて頂けるなら、世の中に出回っている「心霊写真」というものの多くは、インチキか勘違いによるものです。ただ、だからといってこの世の中に「心霊写真」など無いと言うつもりはありません。

 

 

 

 次の週末、僕らは改めて、みんなで橋の下の河原に行き、新しいお花を手向け、手を合わせてきました。

 

 

 


自信のつけ方

 何かが上手くいかなくて、落ち込む人や不安そうな人に対し、周りがその人のことを想い「大丈夫。自信を持って。」とアドバイスすることがあります。

 

 あれって、アドバイスとしての効果はほとんどありません。アドバイスする側の自己満足でしかないと思うのです。

 

 だって、自信って、自分で持とうと思って持てるものではありません。当人は、自信が持てないから落ち込むんです。自信がないから、不安になるんです。

 

 自信が、気持ちの切り替えで意識的に持てるなら、だれも苦労はしません。

 

 

 じゃーどうすれば良いか。

 

 

 (なんか、今日は自己啓発本的ですが、気にせず続けます。)

 

 

 「なんか、自信が出てきたー」って言うじゃないですか。その言葉からもわかる通り、自信は内側から湧いてくるものだと思うのです。不安の対象に対し、本心から確信を持てるようになれば自信は湧いて出てくるものなのです。

 

 その確信を持つには、小さな成功体験を積み重ねていくことが欠かせません。小さな成功体験は、小さなチャレンジから生まれます。

 

 ただし、現状の自分に自信を持てていない人にとっては、小さなチャレンジすら、勇気と覚悟のいる大チャレンジです。だから、自信を持てるようになるには、小さな成功体験を積み重ねていけるサイクルをスタートさせることが効果的です。

 

 

 まずは始める前に、心得として覚えておくべきいくつかのこと。

 

  1. やり慣れていないのだから失敗して当然と考えておく。

  2. チャレンジする時は失敗を恐れて萎縮しがちなので、意識して背筋を伸ばし胸を張る。
  3. それでも失敗してしまったら、それによって迷惑のかかる関係者に、失敗後間髪入れずに元気よく爽やかに謝る。しっかり相手を見て、誠心誠意。(謝るまでに時間がかかってはダメ。元気なく落ち込みがちに謝るのは絶対にNG。早くこの場を去りたいって心が見え透かされるのもNG。)
  4. 相手や関係者がどうあれ、自分的にしっかり謝りきったと思ったら、すぐに「失敗してしまった原因を探すこと」に頭を切り替える。(相手の気持ちが収まるまで受身で待つのはNG)
  5. 失敗の原因を自分が納得できる形になるまで、相手に聞くなり、自分で考えるなり、調べるなりして、正しく把握する。
  6. 失敗の原因を理解できたら、今回の失敗が役に立ったことを周りにバレないようにこっそり喜ぶ。(←これ大事)

 以上のことを心がけながら、勇気を出して小さなチャレンジに立ち向かうようにします。最初のうちは、上記のことを一つ一つ意識しながら、しっかりと。

 

 このサイクルを慣れるまで続けてクセにしてしまえばこっちのもの。自分の中から湧いてくる自信の地熱を感じてくるのも時間の問題だと思います。

 

 

 ちなみにこれ、よくある「自己啓発本」から拾ってきたわけではありません。スタジオスタッフの頃から常に前向きで自信に満ち、やがてカメラマンとして活躍するようになった何人かの元スタッフを観察していて気付いた共通傾向なのです。

 

 

 学生の方などの若い方に申し上げたい。

 

 自分なりの世界観はもちろん大事です。でも、現実は90%以上の方が、夢を夢のまま終わらせていきます。だからこそ、実現できるための術を身につけておくべきだと思うのです。

 

 自己表現の追求って、もろはの剣のようなものです。なぜなら、自己実現と自己保存は表裏一体だから。

 

 スターウォーズ風に言えば、自己実現がライトサイドで、自己保存はダークサイド。自己保存の優しく甘い誘いに呑まれちゃダメなのです。

 

 

 

「ぶっちゃけ余裕ぶっこいていました」

 この春に新卒で入社したTさん。その彼女の入社前から研修を経て今に至る4カ月間の心境の変化を彼女自身に語ってもらいました。

 

 

入社前

 

入社したら毎日怒られるのかと思っていました。体力といい、メンタルといい、自分が本当にここでやっていけるのかどうか不安だらけでした。

 

 

入社して

 

先輩は恐くて近づきにくい人達かと思っていたけど、とても気さくな人達で安心しました。こちらの質問には親身になって答えてくれる。

 

自分が起こしたスタジオでのミスもその時は注意されますが、引きずらず、何がいけなかったのかを根気強く教えてくれました。

 

 

研修期間

 

入社から最初の1カ月くらいは、3カ月の期限以内に研修ファイルを終わらせられるのは簡単に思えて、ぶっちゃけ余裕をぶっこいていました。だから、のんびりマイペースで研修ファイルを進めてました。

 

研修期間も残り1カ月ってなった時、初めて危機感を感じました。「このままじゃまずい。研修明けられないー」と。

 

3カ月まで残り一週間を切ったころ、もうスタジオを辞めようと思いました。

 

ファイルが終わらず、覚えなければならないことがなかなか頭に入らず、テストは思うように合格をもらえず、そのうち何もかもが嫌になってきて、本当に辛くて、しんどくて。

 

でも、マネージャーが引き留めてくれたお陰で辞めることなく、何とか研修も明けることができました。今ではあの時辞めなくて良かったと思っています。

 

 

研修を明けて

 

研修を明けて、自分の時間と心に少しゆとりができました!!

 

でも、研修の頃よりも、スタジオワークで求められるレベルが上がり、気付くこともとても増えました!

 

また、これまでと違い、もう誰もお尻をたたいてくれません。全部自分からやらなくてはいけないという、ちがった意味での厳しさを痛感しています。

 

 

これから

 

今は気付けないこと、出来ないことばかりだけど、広い視野を持ってスタジオ全体を見ること、出来ないことを出来るようにしていきたいです。

 

そして、もっともっと自分から踏み込んでいけるようになりたいです。

 


ハートに火をつけろ

 この時期、来春からこの業界で第一歩を踏み出そうとする学生の方の就活が盛んです。

 

 ただ、僕が毎年感じることなのですが、将来フォトグラファーになりたいと考える方が、一般の企業に勤めようとする方と同じような選択基準で、就活に挑むことに違和感を覚えます。

 

 マジメな学生であればあるほど、その傾向が強いようです。

 

 正直、もったいない話です。

 

 

 だって、結局のところ、この業界で生き残っていけるかどうかって、自分次第です。

 

 はっきり言って、誰もが知る一流の企業だけから有名なフォトグラファーが多く輩出されているわけではありません。

 

 逆に僕のいるスタジオよりも小さな規模のプロダクションやスタジオを経て、業界内に名を轟かせているフォトグラファーだって大勢いるのです。あまり知られていないだけで。

 

 

 それにも関わらず、「待遇、知名度、経営規模やブランド力」を基準に就職先を選ぶのって、それでいいの?って思ってしまいます。

 

 まあ、聞けば、他に情報が無いからというやむを得ない事情もあるらしいのですが。

 

 

 

 

 繰り返しますが、この業界で活躍できるようになれるかどうかって、自分次第です。どこに勤めようが、どれだけの年月勤め続けようが、自分のハートに火が点いている人だけが生き残ります。

 

 

 自分のハートに火が点いているから、人より恵まれた境遇や環境に牙を抜かれ、ぬるま湯に浸かってフニャフニャなまま年を取っていくことはありません。

 

 火が点いているから、自分の置かれた環境や境遇をグチることで、何もしない自分の言い訳をボタボタ垂れ流すこともありません。

 

 

 

 ところで、僕の知っている方に、昔、居酒屋さんでバイトをしていた人がいます。

 

 それまで写真系の学校に行ったこともなく、写真は面白そうだけど、何をどうすればいいのかもわからなかったそうです。

 

 ただ、店のお客さんにカメラマンだという方がおり、その人から話を聞いているうちに、自分もカメラマンになりたいと思うようになりました。

 

 で、その時アシスタントを募集していた別のカメラマンに就くこと数年。

 

 今では年収、数千万円の人気フォトグラファーです。

 

 

 

 

 本来ならば、学校やスタジオは、より上のステージに上がるためにあるべき存在です。

 

 でも、何も知らない人のほうがリスクを負えるなら、学校やスタジオなんていらないはずです。

 

 

 今、多くの若い方が勘違いしていることです。

 

 

 学校やスタジオはこざかしい知識を得るためにあるのではありません。

 

 

 だって、ちょこざいに器用で上手な写真を見て「小さ!」と感じるのは僕だけではないはずですから。

 

 

 別に、命を賭けろ!とは言いません。でも、やがては人生を賭けるくらいの覚悟が出来ないと、いい写真って撮れるようにはなれません。

 

 

 

 学校やスタジオは、人のハートに火をつけるために存在します。

 

そして、つけるのは、他の誰でもなくその人自身です。

 

 

 

 

あなたに熱いものがあれば、の話ですが。

 

 

 

 


夏は辛口

 今月の『外苑☆咖喱』を食べていて思いました。やっぱり、夏は辛口でなきゃと。

 

 

 

 巷では、「お寿司屋さんに修行は必要ない」必要なのは「コミュニケーション能力」って考えが支持を得ているそうです。

 

 修行って、無理を強いられ、理不尽を耐え忍ばなければならないイメージが強いので、そういった意見が注目されるのは当然です。

 

 特に、今どきネットがあれば、ほとんど全ての情報が得られると信じる若い方が、飛びつきたくなるアイデアであることは間違いありません。

 

 僕はこのアイデア、半分賛成。半分反対です。

 

 『半分賛成』なのは、「桃栗3年、柿8年」ということわざを例えに、修行期間を強いることによる矛盾です。

 

 修行によって身につけた技術や人間性がリアルタイムに正しく評価され、その成長度合いに応じて、新しいポジションが用意されるなら問題ありません。でも、現実は店の都合や、オーナーの都合が、それより優先されることがほとんどです。

 

 

若い衆:「おやっさん、すみません。独立させてください。」

 

鮨店主:「いや、お前はまだまだ半人前だ。あと5年は修行をしろ。」

 

若い衆:「いやいや、今オレが辞めたら、おやっさんが大変だからでしょ!」

 

鮨店主:「じゃー、給与を今の倍にする。それで、どうだ!」

 

若い衆:「給与の問題じゃないんです。オレ、自分の腕に賭けてみたいんです。常連さんだって、もう充分やっていけるって言ってくださいます。」

 

鮨店主:「よし!わかった!それじゃー3倍でどーだ!もうビタ一文まけねえ!!こちとら江戸っ子でぇい!!!」

 

若い衆:「いや、そーじゃなくって……」

 

と、いうような、矛盾です。

 

 

 

 また、『半分反対』は、修行を通して精進することが、その道の神髄に近づき、その結果その人の人間性を高める可能性を秘めているからです。人生の流動性を担保するためにも、それを求める人には絶対必要なことだと思うのです。

 

 

 僕の友人は、子供の頃から悪ガキで、不良街道まっしぐらに高校中退。暴走族でブイブイかましている人でした。

 

 でも、ひょんなことから料理の世界に入り、色々な人との出会いの中で、その道から逃げ出すことなく真剣に取り組むようになります。やがて、オーナーシェフから海外修行を命ぜられ、欧州数か国の三ツ星店を数年間渡り歩いた後、帰国。

 

 その後、都内の有名店のシェフを任され、数年前に自分の店を構えます。今は、毎晩多くの客でにぎわう店を後輩の元不良達を従えて切り盛りしています。

 

 

 

 

 

 今思えば、携帯電話がなかった時代、人との待ち合せは超非効率でした。インターネットの恩恵は、言うに及びません。

 

 でも、だからと言って、世の中のすべてを“効率的かどうか”で見てしまうのは、表を見て裏を見ないようなものです。

 

 恋愛に例えてみれば、より広く多くの人と出会うために、ネットやスマホの効率性は大変強力な味方です。でも、人を好きになっていくプロセスに効率性を求めては、ムードもへったくりもありません。

 

 写真に例えれば、デジカメの進歩のお陰で、誰もがきれいな写真を撮れるようになりました。だからと言って「カメラマンの仕事がなくなる」と言う人は、まだ本物がわからない人だと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 来月の『外苑☆咖喱』は、甘口しか食べれないとのたまうスタッフを尻目に、思いっきり辛口にしようと思う僕なのです。

 

 

 

 


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