シャブレ・ジブレ 〈不定期更新 目標毎週2回!〉

絵:きよた 文:たなべ


がんばれ、日本!

 

 気心の知れた外国人の友人に「ぶっちゃけて言って、日本人の若い人ってどうなの?」と聞いたことがあります。出身国も、聞いた時も、聞いた場所も、僕との関係もまったく違う3人でしたが、答えは同じでした。

 

 「良く言えばすごく優しい。良くない言い方だと弱い。だから、こちらの意見を押し通すのは簡単。」もちろん、使う言葉や言い回しは違いましたが、ニュアンス的には3人共まったく同じ意見だったのです。

 

 僕のいるスタジオでは今、先輩たちが凹んで元気のない後輩や新人のフォローに苦心しています。生まれも育ちも青春も昭和だった僕は、その光景を見ながら日本の将来を憂います。

 

 

 

 

 仕事の出来る人と、いつまでたっても出来ない人。その違いは、出来ない悔しさを根本的な解決に向けて行動に変えているかどうかに尽きます。

 

 仕事のすごく出来る人は、常日頃から自分が悔しい思いをしないための様々な努力を怠りません。普通に出来る人は、悔しい思いをそっと胸に秘め、その解決のために躊躇することなく行動しています。

 

 それに対し、いつも出来ない人は、出来なかった自分に凹み、悩み、何かのせいにし、やがて気持ちを切り替えて嫌なことを忘れるよう努めるか、ここではないどこかの青く輝く芝を探します。

 

 

 

 

 よく、メディアが「経済的不公平感」や「社会的不平等性」など、「格差」の問題をクローズアップしているのを目にします。日本ではこれを良くないことと捉え、「格差」をなくす方策が議論されています。

 

 でも、アメリカ人は行き過ぎた格差を問題としつつも、日本人よりは「格差」に寛容です。なぜかと言えば、そもそも経済的・社会的弱者になったのは個人の努力が足りないからという考え方がアメリカ人の多勢を占めているからです。

 

 日本とアメリカ、どちらがいいのか、僕が言う立場にはありません。ただ、日本も今後ますます諸外国のように格差の広がる方向にあることは間違いありません。そんな中では、凹み、悩み、グチっている人は、現状の自分が少なくとも上に向かってはいない状態にあることを自覚すべきです。

 

 

 

 

 自分の「才能」に賭ける。聞こえはカッコいいかもしれませんが、現実にはこの「才能」正確に量を測ることが難しく、それゆえに他者との比較がしにくく、結局のところ結果論でしかありません。

 

 メディアは、「才能」のあった人しか取り上げません。おかげで、この業界には憧れを抱いた若い方が毎年入ってきてくれます。その陰で、「才能」を見つけられなかった人がそれとなく業界からフェイドアウトしていきます。

 

 昭和な僕は思います。凹んで、悩んで、結局フェイドアウトしていくくらいなら、はなから気合で笑い飛ばせっつーの。この甘えん坊っ。

 

 

 


リバ☆パタ

 『リバタリアン・パターナリズム』という考え方があります。長いので以下『リバ☆パタ』と略します。

 

 ちなみに、昔、流行った「リゾ☆ラバ」とは違います。あれは、「リゾート・ラバース」(1989年/爆風スランプ)、残念ながら『リバ☆パタ』は、エグるような水着に恋に落ちた話ではありません。←うちのスタッフ、知らんだろうなw

 

 

 例えば、野菜は好きじゃないけど、お菓子やお肉は好きという子供がいます。親がその子供の意思を尊重すれば、子供は好き嫌いの多い子になる可能性が高まります。逆に親が子供の健康を考えて、子供を叱り、無理やり食べさせれば、子供は泣いて嫌がるかもしれませんが野菜を口にはするでしょう。

 

 また、野菜の調理方法や出し方を上手に工夫すれば、子供が嫌がることなく食べさせることが可能になります。

 

 『リバ☆パタ』とは、自由放任主義者(リバタリアン)と、家父長主義(古い世代の父親のように、本人の利益のためとして、本人の意志に関わらず干渉する考え/パターナリズム)、この二つの良いとこ取りのような工夫や仕組みのことをいいます。アメリカの経済学者が提唱した考え方だそうです。

 

 〇〇主義だとか、なんだか小難しい話に感じられるかもしれません。しかも、経済学なんてチンプンカンプンという方は僕だけではないと思います。

 

 でも、これって結構身近なところに実例が転がっているってことに気付きました。

 

 

 

 例えば、写真をはじめとした、アート・クリエイティブ系の大学や専門学校。何ものにも縛られず自由に振舞えるからこそ生徒の個性や才能の芽を伸ばすことができます。何より生徒自身がそれを欲するので、学校運営側も最低限度の社会性以上のものを求めません。

 

 その結果、社会の中で役立てる自分を構築するためのモノトリアムな時間であるはずの学生生活が、一部の生徒さんにとっては社会と乖離した自分を習慣化させる場となってしまっています。

 

 個性を尊重し、才能の芽を摘むことなく伸ばしつつも、強制ではない形でアートやクリエイティブの分野で社会に適合できる方向に生徒を導いてあげられる。今、その方法論が問われるべき時代が来ているのではないでしょうか。

 

 

 

 例えば昔、スタジオスタッフが“自由”なレンタル撮影スタジオがありました。自由だからそのスタジオのスタッフはノビノビとやっていられたのだと思います。しばらくは、そのスタジオからとても多くのフォトグラファーが輩出されていました。ただし、そのスタジオを利用したお客様からは、あまりにも自由過ぎるスタジオスタッフにビックリしたという話が漏れ聞こえていました。

 

 また、その当時、僕のいたスタジオは厳しいことで有名でした。理不尽に厳しいつもりはありませんでしたが、本当に写真をやっていきたい人しか残らないスタジオでした。だから、当時のスタッフは、そのほとんどがフォトグラファーとして活躍するようになりました。ただし、時代と共に、厳しいスタジオはお客様には好評でも、少数精鋭にならざるを得ませんでした。要するにスタッフが増えないので仕方なく少数だったのです。

 

 今、僕のいるスタジオでは、スタッフのみんなに「正しい自由」を理解してもらうべく努めています。決して強制はしません。強制したところで、その場限りのことになってしまうため、本当の意味で当人のためにはならないからです。間違った考え方によるその結果がどのような結末になるのかを事あるごとに見せたり伝えたりすることで、一人ひとりが「正しい自由」について心から確信を持つようになるまで手を変え品を変えアプローチをはかりながら当人の意識の覚醒を待っています。

 

 僕のいるスタジオは、スタジオスタッフからもっと多くのフォトグラファーを輩出できるようになることで、その目指している方向性が正しいことを証明していかなければならないと信じているからです。

 

 

 

 『リバタリアン・パターナリズム』この考え方の提唱者であるリチャード・セイラー博士は、行動経済学におけるその業績を評価され、今年のノーベル経済学賞を受賞しました。

 

 

 

 


お知らせ&お詫び

いつもこのブログにお越しいただきありがとうございます。

 

 

【お知らせ】

 

 ここ数年、フォトグラファーの感性を持つビデオグラファー、そしてワンマンオペレーションの需要は右肩上がりに増え続けています。しかし、その供給が追い付いていないのが現状のようです。

 

 実際、フォトグラファーとしてそれなりの成功体験をお持ちの方が、改めて映像を一から学び始めるのは、相当の強い動機が必要なのかもしれません。ましてや、過度期である今は、時間と報酬の関係(報酬効率)も混乱しており、フォトグラファーのモチベーションにはなりにくい状態という話をよく耳にします。

 

 でも、見合うギャラ、それ以上の仕事も、ある所にはあるようです。写真の仕事もそうであるように、まずはスタートすること。その中でフォトグラファー持ち前の嗅覚を働かせて、より良い仕事の匂いのする場所と人を探していくことが、結局は一番賢明なのかもしれません。

 

 11月3日(金)、外苑スタジオでは「フォトグラファーのための映像制作講座」を開催します。フォトグラファーに限らず、ご興味のある写真業界関係の皆さまのご参加をお待ちしております。

 

 

 

 

【お詫び】

 

 不定期更新と謳いつつ、週に2度は更新してきましたこのブログですが、今月は超不定期になると思います。

 

 11月3日に開催します「フォトグラファーのための映像制作講座」と、同日開催する「外苑スタジオのOB&OG会」の準備に加え、溜めにためた本業の処理案件、その他色々諸々のことを10月中に片付けてしまうことにしました。と言いつつ、気が向いた時(テーマがやってきた時)は更新するつもりですので、実際どうなるかは自分でもわかりません。

 

 最近、あちらこちらで、「ブログ読んでるよ。」とお声掛けいただくことが増えて参りました。その度に恐縮するおっさんですが、更新できなくなればなるで、せっかくの読者が離れていってしまうのではないかと不安にかられる、丸出しの51歳です。

 

 11月からはこれまで通りの更新に戻れると思います。今後とも、【シャブレ・ジブレ】をよろしくお願いします。

 

 

 


スタジオを出るということ

 先日、スタッフの何人かと一緒に飲みに行った時のことです。お酒の席のたわいもない会話の中で、男の涙の話になりました。

 

 

 男性スタッフが順に答える中、僕が「僕は記憶にある限り泣いたことはないよ。」と言うと、一人のスタッフが不思議そうな顔をして言いました。「田辺さん、Kさんの壮行会(僕のいるスタジオでは、いわゆる送別会のことを壮行会といいます。)の時、涙流していませんでした? 両手で目をこすっていたので、あれ?泣いているのかな?って思っていたんですけど。」

 

 それはただの花粉症、またはただ単に眠かったのだと思います。それより、僕はビックリしました。このスタッフは、僕という人間がスタジオスタッフの壮行会ごときで感極まるような人だと思っている事実にです。

 

 僕がスタジオを出ていく人に対し、どうゆう想いになるか? それはもちろん、辞めて次にいく当人次第です。でも、泣くなんてことは断じてありません。

 

 満を持して、次もしっかり手堅く決めた上でスタジオを出ていく人なら、僕は「次でも頑張ってね。」と思います。

 

 ただ、ある程度の時間が経ち、周りの同期スタッフも次を考えだしているからという理由で、その時点で自分が持っている最良の選択肢に乗っかっていく人なら、僕は「本当にそれで大丈夫か?スタジオと同じように何とな~く時間が過ぎていくような受身なスタンスのままじゃ、次は上手くいかないと思うよ~。」と心配になります。

 

 前々から憧れていたフォトグラファーのところに面接に行っても、その後なしのつぶてだったのに、その方に就いていたアシスタントさんが急にいなくなっちゃったからという理由で、「お前、すぐにスタジオ辞めろ。明日からオレのところに来るなら、お前を採ってやってもいいぞ。」と言われ、今日突然辞めていく人なら、「仕方ない、その人の元でお前はバカだってことを学んで来い。」と思います。

 

 とにかくこのスタジオが嫌で、一刻も早くここではないどこかもっと素晴らしいところへ行くために出ていく人なら、「そう思い込んじゃった以上、その考えを変えるのはまず無理だから言わないよ。でも、今いる場所で周りから期待される存在になることなく、次に行って上手くいった人を僕は見たことが無いよ。この30年間。」と思います。

 

 

 このように、僕はスタジオスタッフがスタジオを辞めていくことに対し心配こそしますが、感極まることは一切ありません。

 

 

 

 

 でも、心がジワ~と温かくなることはあります。それは、スタジオを出ていった人が、その数年後にフォトグラファーとしてしっかり自立し、やっていけていることを知った時。そして、家庭を持ったと聞いた時。

 

 

 もうすぐ、スタジオでは毎年恒例のOB&OG会の季節です。11月3日は、僕が1年で一番楽しい日なのです。

 

 

 


娘を持った遊び人(海外渡航を考える人へ)

 若い頃、遊び人だった男性が父親になり娘を持つと、世の若い男はみんな昔の自分のようなロクでなしだと思っているので、自分の娘が悪い男に遊ばれないかと過度に心配になるという話を聞いたことがあります。

 

 

 

 ところで、「もう、スタジオに入って2年経ったし、それよりも海外にしばらく行ってみたいと思い、スタジオを辞めたい。」これは、ここ数年のスタジオを辞めたいと言ってくる人がよく言うセリフです。この海外に行きたくてスタジオを辞めたい人が、これを海外渡航歴のある現役フォトグラファーに相談すると、ほぼ100%の確率で「行きたいなら行けばいいじゃん。」と言われます。

 

 海外に行きたくてスタジオを辞めたい人は、「やっぱ、自分は正しい」と自信を得て、辞める決意を固めます。ここまでくると、もうマネージャーの僕が何を言っても無駄、その人の中には行けば何とかなるだろうということしか頭にありません。

 

 その結果は大きく分けて3パターン。一番多いパターンは、行ったところでどうにもならないけど、日本よりも気軽で自由だから住みやすく、そのまま居ついて名乗る肩書はフォトグラファー、稼ぎの99.9%はバイトな人となります。

 

 次に多いパターンが現地で活躍されているフォトグラファーのアシスタントになるパターン。もっとも、この場合はほとんどの人が、日本に居るうちにアシスタントに就くことを決め、アシスタントになることを目的に渡航しています。

 

 一番レアなパターンは、現地に溶け込み、何とか食らいついて、ギャラはほとんどないけれど、フォトグラファーとして仕事の依頼を受けるようになる人。ただし、日本と違い、欧米のほとんどは雑誌等の撮影はクレジットが載るかわりにギャラ(報酬)はほとんどありません。

 

 ギャラが無い以上、食えないので何かしらのバイトをしています。ただし、上の多数派と違うところは、海外でそれなりに認められている人は、日本に帰ってくればギャラのある仕事に困りません。その結果、海外と日本を行ったり来たりされているフォトグラファーは結構いらっしゃいます。

 

 

 まとめます。

 

 海外に行って何とかなる人は、「しっかりと計画を立て、自分を向かい入れてくれる人を現地に得た上で、アシスタントという目的を持って行く人。」と、「才能や情熱を尋常じゃないほど強く持っていて、自分で切り開く度量のある人(レア)。」です。

 

 海外に行ってもどうにもならない人は、「行けばなんとかなるだろうとか、何となく自分の生きる場所はこの日本ではなく海外のどこかにあると心の底から強く感じる的な思いだけで行ってしまう人。」です。もちろん、そうやって行ってみて、自分が受け入れてもらえない現状を挫折と捉えれば、次の展開も見えるとは思いますが、多くの方が挫折と認めず自分がまだ発展途上だからという理由にしがみついたまま時だけが流れていきます。

 

 ちなみに先にも書きました、海外渡航歴のある現役フォトグラファーに相談すると、ほぼ100%の確率で「行きたいなら行けばいいじゃん。」と言われるのは、海外渡航を自分自身のステージアップに出来た人だから肯定的な意見をお持ちなのです。

 

 

 

 僕は若い頃、超行き当たりばったりに職を変え、職場も変え、やりたいことまで変わっていました。そんな僕も、今では、嫌われようが、煙たがられようが、スタジオスタッフがこの業界にいる限り、業界内お父さんのつもりです。

 

 お父さんは、しっかり者の子供には目を細めますが、行き当たりばったりの無計画で「感覚」だか「自分の中の野生」だかに従って行動している子供は気が気でなりません。元を正せば、自分自身も若い頃、そうだったからってだけの話なのですが。

 

 

 

 


撮影依頼が倍になる

 今年の4月にスタートした「写真業界関係者のための映像制作講座」も、次回11月3日で第4回となります。始めた当初は不定期でしたが、徐々に二か月に一度、奇数月の開催が定着してきました。

 

 講座の企画や進行自体は、講師で映像ディレクター&ビデオグラファー&フォトグラファーの櫻井健司氏にお任せしています。僕はといえば、ほとんど何もすることなく、当日は受講者の一人として参加させて頂いている超お気楽なポジションです。

 

 その僕がこれまで感じたり、気付いたり、新しく知った、いくつかのこと。

 

◎裏を返せば、これはチャンス

 以前、FaceBookに映像講座の告知を出したところ、映像制作関係の方から Angry(ひどいね)を頂いたことがあります。想像するに、映像の世界でやってこられた方からすれば、最近自分らの業界に侵食してきている写真業界出身者に一家言をお持ちなのでしょう。仕事や報酬や既存の業界内モラルが崩されていると感じていられるのかもしれません。これって、裏を返せば、写真業界関係者にとっての新大陸は、まだまだ開拓する余地があるということです。(こんなこと言っちゃうと、またAngryもらいそうですが)

 

 

 

撮影依頼が二倍になる

 講師の櫻井健司氏が話の中で、僕が一番印象に残っている言葉が「フォトグラファーが映像もやるということは、撮影の依頼が二倍になるということ。」です。今、時間のある方は忙しくなるし、すでに忙しい方は仕事を選べるようになる。覚えるまでは大変かもしれないけれど、フォトグラファーにとって映像をやらない手はないのかもしれません。

 

 

 

動画編集ソフト

 以前、プロのレタッチャーさんの作業を間近で見ていたことがあります。フォトショップは僕も使えますが、次元が違い過ぎました。そもそも絵心のセンスだけでも僕はその足元にも及びません。ましてや、ショートカットキーとペンタブレットを駆使する作業スピードは、彼らが数分で終える作業でも僕なら数時間は掛かってしまう程、圧倒的な差がありました。

 

 講師櫻井氏の動画編集ソフト(Adobe Premiere Pro)での作業を見ていると、まったく同じことを感じます。動画の編集を進めていく中で、櫻井氏の判断や決断は驚くほど速いのに、その思考スピードにソフトを扱う作業スピードが追い付いているのです。素人の僕には、目の前でみるみるうちに映像作品が仕上がっていくようです。こればかりは、誰もが日ごろから良い映像作品を見つつ、手数を重ねて慣れていくしかないようです。

 

 

 

フリーの人達同士のネットワークの重要性

 映像の制作会社さんは、写真に比べ大所帯のところが多いようです。これは依頼された仕事をそれなりのクオリティー水準で仕上げることには適した体制ですが、小回りが利かなさそうです。予算規模が社内体制にマッチした仕事を受けるのなら良いのですが、予算に応じてとか、求められるクオリティーに応じてとなると、大所帯を維持するためにどうしても見積もりは高くならざるを得ないようです。

 

 その意味では、会社という固定化された組織を作らず、ワンマンオペレーションを基本に、依頼される仕事の案件に応じてフレキシブルに集散できる緩やかなつながりには可能性を感じます。様々なプロフェッショナルの方々との協業のネットワークが、強力な価格競争力を持つからです。映像業界にすでにそのような形があるかどうか、僕は知りませんが、今後はますますそのようなスタイルが強みを持つようになるのではないでしょうか。

 

 

 

 第4回 映像制作講座は11月3日。今回のテーマは、近日中に公開しますが、今まで以上に“おいしい”会となりそうです。※写真業界関係者向け映像制作講座:詳しくはこちら 

 

 


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