写真に写るもの。撮る側と見る側、それぞれの事情。

 写真は、撮った人の事情や心情、テンションなどを如実に写し出します。見る人が見れば、悩みを抱えている人の写真は、悩んでいます。自分が進むべき方向がわかっていない人の写真は、迷っています。学生の方の写真はいかにも学生ですし、スタジオスタッフの写真はいかにもスタジオマンです。どこが?と問われても説明しづらいのですが、見て取れる人にとってはわかりやすい程わかりやすいものです。

 

 フォトグラファー鈴木親さんが「写真家の生き様こそが重要」(※)とインタビュー記事の中で仰っていました。僕はこれも、その延長線上にある話だと思うのです。

 

 撮った人にそのつもりはなかったとしても、何かに悩みを抱えている人が撮った写真を見せられれば、同じように悩みを抱えている人の共感は得られるかもしれません。でも、その写真に誰かがお金を出すかといえば、微妙です。悩みなんかな~い!ってあっけらかんとした写真のほうが多くの人にウケることは間違いありません。それと同様、「迷ってます」と言われても、「学生やってます」と言われても、「スタジオマンです」と言われても、「あー、そうなんですね。」としか返す言葉はありません。

 

 撮る側(創り送り出す側)の価値観や人生観、心情や気分や考え方、つまりは生き方が、カッコ良かったり優しく前向きで心地良い。だからこそ、作品全体から醸し出される雰囲気や世界観が多くの人の心を惹きつけるのだと思います。

 

 もちろん、ザ・コマーシャル(広告)なプロフェッショナルの写真、その完成度も唸るほどカッコイイです。ただ、生き様で勝負する職業なんて、そうザラにはありません。フォトグラファーってカッコイイなーって、改めて思います。僕の中での抱かれたい職業ナンバーワン、間違いありません。

 

 

※:玄光社COMMERCIAL PHOTO 2016/10 P30 鈴木親『東京を拠点に世界で闘う方法』より