海外に行くKへ

 約3年のスタジオ勤務、お疲れ様でした。ありがとうございました。スタジオ・アシスタントとしては、充分過ぎる経験値です。

 

 第三者目線でも、Kは9名のフォトグラファーから指名を受けていたのですから、スタジオワークに関してはもう充分と言っていいレベルであることは誰もが認めるところです。

 

 実は、ここ数カ月、僕はKを見ていて、「次なる一歩を踏み出すべきときだな。」と思っていました。もちろん、僕が日ごろから言っているように、人間的にはまだまだ未熟なKです。

 

 でも、このまま、このスタジオに居て、Kがそれに気付いて修正を重ねていく間、腐った目をしてスタジオスタッフを惰性で続けていくくらいなら、思い切ってステージを変えて、大きな荒波に飲まれる試みは、Kの人生において良い決断だったと思います。

 

 

 

 Kもご存知だと思いますが、この後の海外生活は、Kにとって、とてもいい経験になるはずです。変な言い方ですが、それが大変であればあるほど、後に振り返ったときには、それが尊い時間だったと思えるものです。Kなら、スタジオでそれを経験済なのでお判り頂けるはずです。

 

 海外では、日本人であること。アジア人であること。日本人としてのアイデンティティー。自分としてのそれ。どれも日本の中で日本人に囲まれて日常を送る中では気付けなかったことを意識できることでしょう。

 

 できるなら、それに合わせて、人としての存在の孤独や、もろさ・弱さを客観視できたら、なお良いと思います。

 

 ここで、僕が個人的に思う、Kへの不安を2点。

 

 1点は、最初はワーホリ(ワーキングホリデイ制度)でロンドンへ行くと聞いていましたが、落選したのでドイツにしたと聞きました。海外は、行くことそれ自体を目的にするべきではありません。それでは単なる観光旅行者です。ぜひ、Kには、ドイツでフォトグラファーとして活動できるまで踏ん張るとか、何としてでもドイツ在住のビックネームなフォトグラファーのアシスタントになる等の目的を持って行ってもらいたいです。

 

 最初のうちは日々の生活すらままならない状態かもしれませんが、そんなものは、そのうち慣れます。問題は、その後です。僕は、Kが、その生活への不安を脱しただけで満足してしまい、本来のドイツに来た目的を忘れて、日々楽しく暮らしてしまわないかが不安です。

 

 

 

 

 もう1点は、将来カメラマンとしてやっていきたい人の全てが海外に行くべきかといえば、決してそういうわけではありません。特にKの場合は、せっかくこの業界に顔見知りが多く出来たのですから、このまま、この東京でカメラマンを目指し、よりステージを上げていっても良かったはずです。

 

 この業界の中で、Kの顔と名前を一致して覚えてもらっている人はそれだけでも財産です。日本での活動を再開する時期が遠くなればなる程、人の記憶は薄れ、Kの財産はその分だけ目減りしていきます。特にKは、日本人同士のコミュニケーションがスマートにできていた人だからこそ、僕はすごくもったいないと思うのです。

 

 海外での経験と単純に比べられる問題でないことは承知していますし、結局は生き方の問題ですが、それでもその財産を失ってまでの成果をドイツで得られるか、お父さんは正直言って不安です。

 

 そこで、最後に一つ、約束してください。

 

 NYにも、ロンドンにも、パリにも、ドイツにだって、日本人クリエイター(クリエイター志望の方を含む)のコミュニティがあると思います。ぜひ、Kには、せっかくの海外生活なので、その方々ばかりと一緒にいるだけでなく、積極的に日本語も日本文化も知らない方々とかんかんがくがくやり合って欲しいです。

 

 間違っても、夜な夜な日本人だけで集まっては、新参者や、自分らとつるまない者、日本に帰った者、そして成功者の弱みを口であげつらい、自分たちのレベルまで下げることに情熱を燃やしているような人達とは、交わらない勇気を持ち続けてください。

 

 

 

 

 あとは野となれ山となれ。僕がこのスタジオに居る限り、外苑スタジオは業界におけるKの実家です。牛すじカレーが食べたくなったら、いつでもどうぞ。親のスネがかじれるうちは、かじってあげることこそが、親孝行ってゆーもんです。

 

 期間や形に関係なく、K自身が納得できる結果に向かって突き進んでいくことを心から応援しています。

 

 写真って不思議なもので、本人がカッコつけていなくても、カッコいい生き方をしていれば、カッコいい写真が撮れるようになっていくものです。

 

本物になれ。

 

 

2017年○月○日 外苑スタジオ・マネージャー あなたの田辺