問われるアイデンティティ

以前、一線で活躍されているフォトグラファーを無作為に選んで、その方々がどのようなアプローチを経てフォトグラファーになったのかを調べてみたことがあります。その結果の中で、僕の目を引いたのがフォトグラファーになった方々の海外滞在歴でした。

 

 

 実に100名中29名(29%)の方が、フォトグラファーになる前に半年以上の海外滞在歴をお持ちだったのです。海外旅行ではありません。ワーキングホリデーや留学を含めた長期滞在です。

 

 もちろん、約3割という数字が多いというわけではありません。でも、平均的な日本人の海外滞在経験者数を考えれば、この海外滞在経験がフォトグラファーになることに“何らかのプラス作用”があることは確かです。

 

 ただし、だから僕は「フォトグラファーになりたい人は、半年以上の海外滞在をすべき。」と言うつもりはありません。手段を目的化してしまっては、得られるものも得られませんから。

 

 もちろん、海外にある写真系の学校の方が日本のそれよりも優れているなんてこともありません。だから、海外留学をおススメするつもりもまったくありません。

 

 

 僕が考える“何らかのプラス作用”とは、自国の言葉が通じない環境の中でコミュニケーションを取り、生活していく以上、異文化や価値観の違いと相対さなければなりません。その、一個人として、日本人として、アジア系としてのアイデンティティを問われる環境が、フォトグラファーに必要な「視点」を持つに至る状況になりやすいということです。

 

 

 

 

 ところで、世の中にはネットで調べても、明快な答えのない問いがたくさんあります。誰かに聞いても、答えは聞いた人の数と同じだけあるものです。

 

 例えばフォトグラファーに「ライティング」のスキルは必要か? 

 

 一線で活躍されているプロのフォトグラファーの中には、「ライティング」はアシスタントさんやライトマン任せという方がいます。フォトグラファーには必ずしも「ライティング」のスキルが必要というわけではないのです。

 

 もちろん、そうはいっても「光を見る目」は、絶対無くてはならないものです。

 

 

 

 同じように「レタッチ」に関しても、レタッチャーに丸投げのフォトグラファーがいます。フォトグラファーだからといって、フォトショップのスキルが必要というわけではないのです。

 

 そうはいっても、自分はこの画像をどうしたいのか、レタッチャーに指示できるだけの具体的でブレないイメージは持っていなければなりません。

 

 

 また、昔からフォトグラファーになりたいと考える人には、クリエイティブをクールに学べる学校や講座があります。『下積みなんかしなくても第一線のプロの技術を学べる。』を謳い文句に、比較的高額な受講料を支払わなければならないものです。

 

 業界30数年の僕は、この手のスクールに通ったことでプロになれたという人とお会いしたことがありません。

 

 

 

 

 

 フォトグラファーになろうとする人は、何をどうすればいいのか、明確な答えがない中で、自分としての選択をしていかなければなりません。もちろん、失敗から学ぶことも多々ある以上、その失敗を恐れるあまり「選択しない」という選択は、決して賢い判断とはいえません。

 

 その選択に必要な自分自身の指針こそが、アイデンティティだと思うのです。この確立なくして、クライアントからの信頼を得るフォトグラファーになることは難しいと言わざるを得ません。

 

 フォトグラファーとしてやっていこうとする方が、誰かに「あなたのフォトグラファーとしてのアイデンティティは何ですか?」と問われたときには、しっかりとした自分なりの答えを持っておくべきだと思うのです。