外国語の壁

 

 先日、日本語のとても上手な中国人の方とお会いしました。イントネーションもボキャブラリーも、普通の日本人と変わらないほど流ちょうな日本語でしたが、日本に来てまだ4年しか経っていないと聞いてビックリしました。

 

 その方と話していた時のことです。

 

 「ちょっと、待って。今、何て言いました? イチゴイチ?」

 

 彼女の知らない日本語を僕が使っていたらしく、彼女は話をさえぎり「一期一会」の言葉の意味を聞いてきました。僕はといえば、その言葉の意味を教えながら、前にもこのようなシチュエーションがあったことを思い出していました。

 

 

 

 それは、スタジオOBでフランス人フォトグラファーのSが、まだスタジオスタッフだった頃のことです。「田辺さん、ちょっと、今の言葉は何ですか?」

 

 Sもそれまでの会話をさえぎって、僕が使った彼の知らない言葉の意味を尋ねてきました。そのようなことは一度だけではなく、彼がスタジオ在籍中何度もあったと記憶しています。そしてSも、ご多分に漏れず日本語が感心するほど上手です。

 

 

 

 「空気を読む」なんて言葉が流行る日本人には、なかなか難しい芸当なのかもしれません。相手との会話をさえぎってまでして、自分の意思を通すのは気が引けるという方も少なくないと思います。

 

 日本人特有の弱気と遠慮でその場をやり過ごし、せっかく外国語が飛び交う環境に居るのに、能力は何年居ても「日常生活に困らない程度」という現地の日本人も少なくないと聞きます。

 

 

 

 

 昨晩は、そんな話を酒の肴に、この夏、再来日した日本語ぺらぺらのSと飲んでいました。彼が言っていたのは「その国の人と、その国の言葉でコミュニケーションすることがすごく楽しい。言葉を憶えれば憶える程、正確なイントネーションで話せるようになればなるほど、その国の人と深い話が出来るようになり、より深い関係になれる。」と。

 

 ただ、Sのようにイントネーションまでこだわっている在日フランス人はごく少数派だそうです。多くは「フランス語なまりの日本語」で上達の止まる方がほとんどとのこと。

 

 その人が仕事か何かの都合で仕方なく日本に居るのであれば、日常的な会話さえ出来ればそれで充分なのでしょう。Sによれば、イントネーションまでネイティブ並みに上達するには、やはりそれなりの努力が必要だそうですから。

 

 

 海外の日本人にも同じことが言えるのかもしれません。ただ単に、外国で生活してみたくて移住した方の多くが言葉の壁を感じていると聞きます。でも、外国の文化やそこに住む人達と深く関わることを目的にしている人は、ネイティブに近づく努力の成果がモチベーションとなるのです。

 

 

 

 

 以下は、フランスの作家で「星の王子さま」の著者、サン=テグジュペリの言葉です。

 

 『船を造りたいのなら、男どもを森に集めたり、仕事を割り振って命令したりする必要はない。代わりに、彼らに広大で無限な海の存在を説けばいい。』

 

 そのサンテックスの言葉を借りれば、『英語を上手になりたいなら、学校に通ったり、TOEICに励む必要はない。代わりに、英語がネイティブな人を恋人にすればいい。』

 

 僕の知る限り、フランス人も、アメリカ人も、中国人も、韓国人も、母国語ではない日本語を抜群にペラペラ話せる人は、皆さん例外なくプライベートにおいて特別な関係の日本語ネイティブな方がいました。

 

 逆もまたしかりなのです。

 

 

 

 年長者が「若いうちに、海外には行っておいたほうがいい。」と若い方にアドバイスする声をよく耳にします。それって、言い換えれば、「オッサンになったら、恋愛対象に入れてもらえないから、それまでにね。」ってことだったのかもしれません。(;´д`)トホホ。